応援している馬が負けた時、馬の悪口をいう人はまずいないだろう。極端な出遅れや素人目にもわかる逸走(制御できずにコースアウトすること)等は別としても、大多数の場合において批判の的となるのは上に乗っている騎手たちだ。コース取りだったり、仕掛け時だったり、追いの技術だったり、その技術は批判されることに比べると、誉められる機会の方がずっと少ない。勝った時はだいたいが馬の手柄になるからだ。強い馬が強い勝ち方をした時に良く聞く表現で「つかまっているだけでした」というものがある。もともとは謙虚な騎手のコメントが発端なのだろうが、実際に馬が自分の意志で走っている場合、騎手は何もすることがない。私は競馬を始めてから数年間はそう信じて疑わなかった。そしてそれが間違いだと気づいたのは実際に自分が馬に乗ってからだった。私にはなぜか毎日馬に乗り続けた時期があった。ただのサラリーマンが20代半ばで乗馬を始めたのだ。しかも一般的な乗馬クラブで行われる馬場馬術ではなく、競馬を目的とした競走馬術だ。基礎の部分はどちらも同じだが、途中から鐙(あぶみ)を短くしてた競走姿勢、いわゆるモンキー乗りの習得が必要になる。騎手たちがあまりにも軽々とやっているので、誰にでもできるように感じてしまうが、この競走姿勢は素人に真似できるモノではなかった。太ももにかかる力やバランスのとり方、腰への負担が半端ではないのだ。モンキー乗りに限らず、鐙(あぶみ)は足の『親指の付け根』のあたりで踏む。土踏まずのあたりが安定してそうに思えるが、それだと重心が後ろになってしまうのだ。もちろん手綱(たづな)でも多少のバランスはとるが、余計な力を加わると馬は敏感に反応するため、基本的に下半身のみで全身の姿勢をコントロールしなければならない。そして鐙の幅は厚くてもせいぜい3センチ。鉄棒の上に立ち、両手を離して、尻を上げる姿勢をとり、時速60キロの風を浴びる。そんな状態で騎手たちはレースを繰り広げているのだ。結局馬に乗る生活は半年で終わったが、乗馬を経験したことで私が騎手を見る目は大きく変わった。彼らはつかまっているだけでもすごいのだ。
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